人手不足が深刻化する中、技能実習生の受け入れを検討する企業が増加しています。しかし制度の複雑さや失踪リスク、2027年の育成就労制度への変更など、多くの課題があります。
本記事では、技能実習生制度の基本から受け入れ費用、リスク対策、制度変更への対応まで、企業が知っておくべき重要ポイントを分かりやすく解説します。
- 技能実習生の受け入れ手続きと総費用(初期費用50-90万円、3年間で約900万円)
- 失踪防止策と発生時の対応手順、企業の法的責任とペナルティ
- 2027年開始の育成就労制度の変更点と企業が今から準備すべき事項
1.技能実習生とは?制度の仕組みと2027年の変更点

技能実習制度の目的(建前と実態)
技能実習制度は1993年に創設され、正式な目的は「開発途上国への技能・技術・知識の移転を通じた国際協力・国際貢献」とされています。
建前上は、日本で習得した技能を母国の発展に活かすことを目指す制度です。
しかし実態としては、日本の人手不足分野における貴重な労働力として機能しており、目的と実態の乖離が長年指摘されてきました。
この問題を受けて、政府は2027年に技能実習制度を「育成就労制度」へ変更し、人材確保と人材育成を明確な目的とする方針を打ち出しています。
現在の技能実習制度では、実習生は「労働者」ではなく「実習生」として位置付けられているため、一般的な労働者とは異なる法的取り扱いを受けます。
ただし、労働基準法や最低賃金法は適用されるため、適正な労働条件の確保が必要です。
参考元:神戸大学 技能実習制度の変遷-これまでの課題とこれからの課題
制度の構造(1号・2号・3号)と在留期間
技能実習制度は、習得する技能レベルに応じて3段階に分かれています。
区分 | 在留期間 | 主な要件・内容 |
---|---|---|
技能実習1号 | 1年間 | 入国後講習、基礎的な技能習得 |
技能実習2号 | 2年間 | 技能検定基礎級合格が必要 |
技能実習3号 | 2年間 | 技能検定3級合格、優良監理団体・実習実施者のみ |
合計最長5年間の在留が可能で、各段階への移行には技能検定試験への合格が必要です。
技能実習3号への移行は、一定の基準を満たした「優良」な監理団体・実習実施者に限定されており、受け入れ人数枠の拡大などのメリットがあります。
技能実習2号から3号への移行時には、一時帰国(1ヶ月以上)が義務付けられており、母国での技能活用期間を設けることで制度本来の目的を果たすことが求められています。
対象職種の概要(主要業界を中心に)
現在、技能実習制度では90職種165作業が対象となっており、主要な業界は以下の通りです。

業界別の技能実習生数では、製造業が最も多く全体の約4割を占め、次いで建設業、農業の順となっています。特に建設業では2015年の東京オリンピック決定以降、受け入れが急増しました。
対象職種は継続的に拡大されており、2024年には「クリーニング職種(一般家庭用クリーニング作業)」や「林業職種(育林・素材生産作業)」が追加されています。
ただし、2027年の育成就労制度移行時には、特定技能制度の16分野に限定される予定です。
引用元: 外国人技能実習機構 令和4年度外国人技能実習機構業務統計 概要
特定技能制度の16分野についてはこちらの記事で詳しく紹介しています。
2.技能実習生の受け入れ方法と手続きフローの全体像

技能実習生の受け入れには団体監理型と企業単独型の2つの方式があり、98%以上の企業が団体監理型を選択しています。
監理団体の選定から実習開始まで約6~8ヶ月の期間を要するため、計画的な準備が重要です。ここでは受け入れの全体像を解説します。
団体監理型/企業単独型の違い(簡易比較表)
技能実習生の受け入れには2つの方式があり、98%以上の企業が団体監理型を選択しています。
項目 | 団体監理型 | 企業単独型 |
---|---|---|
対象企業 | 海外に拠点を持たない中小企業 | 海外に現地法人・取引先を持つ大企業 |
受け入れ先 | 監理団体経由で受け入れ | 自社で直接受け入れ |
手続き | 監理団体がサポート | 全て自社で実施 |
費用負担 | 監理費等が必要 | 直接費用のみ |
在留資格 | 技能実習1号ロ・2号ロ・3号ロ | 技能実習1号イ・2号イ・3号イ |
実習期間 | 最長5年(3号まで可能) | 最長5年(3号まで可能) |
団体監理型のメリット
- 海外に拠点がなくても受け入れ可能
- 監理団体による手続きサポート
- 技能実習生の保護・支援体制が整備
- 中小企業でも導入しやすい
企業単独型のメリット
- 監理費が不要
- 自社の海外事業との連携が可能
- より自由度の高い実習計画
中小企業の場合、海外での人材募集や複雑な手続きを自社で行うのは現実的ではないため、団体監理型が主流となっています。
監理団体の選び方とチェックポイント
監理団体の選定は技能実習の成否を左右する重要な要素です。2024年3月現在、全国に約3,600の監理団体が存在しますが、質の差が大きいのが実情です。

手続きの流れ(8ステップ)+必要書類一覧表
技能実習生受け入れの標準的な流れは以下の8ステップです。全体で約6-8ヶ月の期間を要します。

主要な必要書類一覧
段階 | 必要書類 | 提出先 |
---|---|---|
監理団体加入 | 会社定款、登記簿謄本、決算書類 | 監理団体 |
技能実習計画認定 | 技能実習計画認定申請書、実習実施者概要書 | 外国人技能実習機構 |
在留資格申請 | 在留資格認定証明書交付申請書、雇用契約書 | 出入国在留管理局 |
入国準備 | パスポート、査証、入国前健康診断書 | 現地領事館等 |
3.技能実習生の受け入れコスト

技能実習生の受け入れには初期費用と継続的な月額費用が発生します。
初期費用(1名あたり):50-90万円
項目 | 金額 |
---|---|
監理団体入会金 | 10-30万円 |
面接費用 | 5-15万円 |
入国準備費用 | 15-25万円 |
講習費用 | 10-15万円 |
宿泊施設準備 | 10-20万円 |
月額費用(1名あたり):12-18万円
- 給与:14-16万円(最低賃金以上)
- 監理費:3-5万円
- 社会保険料:2-3万円
- 宿泊費:2-4万円
3年間の総コスト:約900-1,000万円
時給換算で約1,500-1,600円となり、地域によっては最低賃金とほぼ同水準です。
技能実習生は転職リスクが低く、確実な人材確保が可能な点がメリットです。ただし初期費用が高額で、言語の壁によるコミュニケーションコストも考慮が必要です。
4.技能実習生の失踪リスクと企業が取るべき対応

技能実習生の失踪は制度の重大な課題となっており、2023年は9,753人(全体の1.9%)が失踪しています。
業界別では建設業の失踪率が2.8%と最も高く、過酷な労働環境が問題となっています。

失踪発生時の対応
- 即座に監理団体へ連絡
- 警察への捜索願提出
- 技能実習実施困難時届出書の提出
企業責任による失踪の場合、新規受け入れ停止(1-5年)や優良認定への大幅減点(-50点)などの厳しい処分が科せられます。適正な労働環境整備により、多くの失踪は防ぐことが可能です。
5.制度変更(育成就労制度)と企業への影響

2027年に技能実習制度は「育成就労制度」へ変更されます。国際貢献から人材確保・育成へと目的が明確化され、転籍要件の緩和や特定技能制度との一体運用が図られます。
企業にとって大きな影響があるため、早期の準備が必要です。
育成就労制度の概要と現行制度との違い
2027年に施行予定の育成就労制度は、技能実習制度の問題点を改善し、日本の人材確保・人材育成を明確な目的とする新制度です。
参考元:出入国在留管理庁 育成就労制度
制度変更の背景
- 国際貢献という建前と労働力確保という実態の乖離
- 技能実習生の人権侵害問題
- アメリカ政府や国連からの「現代的奴隷制」との批判
- 転籍制限による劣悪な労働環境の温存
育成就労制度と技能実習制度の比較表
項目 | 育成就労制度 | 技能実習制度 |
---|---|---|
制度目的 | 人材確保・人材育成 | 国際貢献・技術移転 |
対象分野 | 特定技能16分野に限定 | 90職種165作業 |
在留期間 | 3年間 | 最長5年間(1号1年+2号2年+3号2年) |
転籍 | 1-2年経過後、条件付きで可能 | 原則不可 |
特定技能移行 | スムーズに移行可能 | 職種不一致の場合は不可 |
日本語要件 | A1相当以上(入国時) | 特段の要件なし |
監理機関 | 監理支援機関(外部監査義務) | 監理団体 |
職業紹介 | 民間業者の関与禁止 | 制限なし |
育成就労制度と技能実習制度の主な変更ポイント

メリット・デメリット/転籍可否・特定技能との関係
育成就労制度への移行は企業にとってメリットとデメリットの両面があります。
企業にとってのメリット
企業にとってのメリットとして、まず制度の明確化が挙げられます。労働力確保が正式な目的となることで、建前と実態の乖離が解消され、コンプライアンス要件も明確化されます。
また、育成就労修了者の特定技能移行がスムーズになり、最大13年間の長期雇用が可能となります。
さらに、日本語能力要件によりコミュニケーション能力が向上し、段階的な技能向上システムにより人材の質も高まります。
企業にとってのデメリット・課題
最も大きな懸念は転籍リスクの増大です。1-2年経過後の転籍により人材流出リスクが増加し、初期投資回収前の離職可能性があります。また、送り出し機関への手数料負担や日本語教育等により費用負担が増加します。
さらに、現在の90職種から16分野への縮小により、一部企業では受け入れ継続が不可能になる可能性があります。
転籍については、同一機関での就労が1-2年経過し、技能検定試験基礎級等の合格、日本語能力試験A1-A2相当の合格、転籍先の適正性確認、同一業務区分内での転籍という条件を満たした場合に認められます。
転籍時は監理支援機関への相談から始まり、外国人育成就労機構とハローワークが連携して職業紹介を行います。
特定技能制度との関係
育成就労制度は特定技能制度への「入り口」として位置付けられ、一体的な運用が図られます。
特定技能制度との関係では、育成就労制度は特定技能制度への入り口として位置付けられ、育成就労3年間から特定技能1号5年間、さらに特定技能2号への更新可能な一体的運用が図られます。
移行には育成就労の良好な修了と特定技能評価試験、日本語能力試験A2以上の合格が必要です。
特定技能と技能実習の違いについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
制度移行に向けた企業の準備チェックリスト
2027年の制度移行に向けて、企業が今から準備すべき事項をチェックリスト形式でまとめました。
【即座に確認すべき事項】
□ 対象分野の確認
- 現在の技能実習職種が育成就労16分野に含まれるか確認
- 含まれない場合の代替案検討(特定技能等)
□ 監理団体の状況確認
- 現在の監理団体の監理支援機関移行予定
- 許可要件の適合状況
- 契約条件の見直し必要性
【2025年中に準備すべき事項】
□ 受け入れ体制の見直し
- 転籍リスクを踏まえた人材育成計画の策定
- 魅力的な職場環境づくり(賃金、労働条件、福利厚生)
- 日本語教育支援体制の整備
□ コスト構造の見直し
- 新制度下での受け入れコスト試算
- 転籍による投資回収リスクの評価
- 代替手段(特定技能、他の在留資格)との比較
□ 法務・コンプライアンス体制強化
- 不法就労助長罪の厳罰化への対応
- 労働関係法令の遵守体制強化
- 内部監査体制の整備
【2026年中に準備すべき事項】
□ 新制度対応の準備
- 監理支援機関との新契約締結
- 新たな受け入れ手続きの習得
- 職員の制度理解向上
□ 既存技能実習生への対応
- 特定技能移行希望者への支援
- 帰国予定者への適切な対応
- 移行期間中の混乱防止策
□ 採用戦略の見直し
- 育成就労制度を前提とした中長期採用計画
- 他の外国人採用制度との組み合わせ検討
- 人材定着のための施策強化
【継続的に取り組むべき事項】
□ 情報収集・更新
- 制度詳細の最新情報収集
- 関係省庁の通達・ガイドライン確認
- 業界動向の把握
□ 関係機関との連携強化
- 監理団体との情報共有
- 同業他社との情報交換
- 専門家(行政書士、社労士等)との相談体制
重要な留意点
- 段階的な移行:既存の技能実習生は現制度で最後まで実習継続
- 混在期間の管理:移行期間中は新旧制度が混在するため、適切な管理が必要
- 早期の情報収集:制度詳細は段階的に明らかになるため、継続的な情報収集が重要
制度変更は大きな変化をもたらしますが、適切な準備により新制度のメリットを最大化し、リスクを最小化することが可能です。
6.技能実習生を成功させるための5つの実務ポイント

技能実習生の受け入れを成功させるには、以下の5つのポイントを押さえることが重要です。
技能実習受け入れ成功のためのポイント5選
監理団体の選定
監理団体選定では、設立5年以上の実績と失踪率1%未満の優良団体を選びましょう。24時間対応体制や母国語スタッフの有無も重要な判断基準です。
受け入れ体制整備
最低賃金以上の適正な賃金設定と時間外労働の適切な管理に加え、1人4.5㎡以上の居住スペースや基本的な家具・家電の提供など、安心して働ける環境づくりが必要です。
交換ノートの活用
コミュニケーションは「交換ノート」の活用が効果的です。日々の体調確認や悩み相談により信頼関係を構築し、問題の早期発見につながります。月1回の個別面談で将来の希望を聴取することも大切です。
コンプライアンス
コンプライアンスは企業リスク回避の基本です。労働基準法や最低賃金法の遵守はもちろん、労働時間記録や賃金台帳の適切な管理が求められます。
長期視点の人材育成支援
長期視点の人材育成として、技能検定対策や日本語能力向上支援を行い、特定技能への移行も視野に入れた育成計画を策定しましょう。
7.技能実習生制度の適正活用と未来への対応

技能実習生制度は適切に活用すれば企業の人手不足解決と外国人材の成長を両立できる制度です。
成功の鍵は信頼できる監理団体の選定、適正な労働環境の整備、コンプライアンスの徹底にあります。
2027年の育成就労制度移行を見据え、長期的な人材育成戦略として外国人雇用に取り組むことで、持続可能な成長を実現しましょう。