「台湾人を採用してもすぐに辞めてしまう」と悩む人事担当者は少なくありません。
生涯転職回数が平均7回を超える台湾では、転職はキャリアアップの手段として一般的です。この違いは個人の資質ではなく、独自の社会構造や評価制度に起因します。
本記事では、台湾人の離職率が高い7つの理由と、日本企業が彼らを定着させるための具体的なマネジメント手法を解説します。
- 台湾人の転職が多い7つの構造的・文化的理由
- 日本企業が台湾人材を採用するメリットと注意点
- 離職を防ぎ定着率を高める具体的な人事施策
1.台湾人の転職が多いと言われる実態とデータ

台湾人の転職行動を理解するためには、まず客観的なデータで市場環境を把握する必要があります。2023年から2024年にかけて、台湾の労働市場は歴史的な転換点を迎えています。
台湾人の平均転職回数は生涯7回以上
日本では一つの会社に長く勤めることが美徳とされ、転職回数が多いことは忍耐力不足と見なされる傾向があります。しかし、台湾では状況が全く異なります。
台湾の大手キャリアプラットフォームYouratorによると、台湾人の生涯平均転職回数は「7回」や、20代〜30代だけですでに「3〜4回」に達するというデータが示されています 。
参考:Yourator 【台湾就活最前線】台湾人が頻繁に転職をする理由
特に20代の平均勤続年数は約1年半という短さであり、若手人材にとって2年ごとの転職はごく一般的なキャリアパスとなっています。
これは、台湾において転職が「ネガティブな離脱」ではなく、「ポジティブなキャリアアップ」として捉えられていることの証左です。
複数の企業を渡り歩くことは、多様な環境への適応能力の証明であり、多くのスキルを習得してきた証として評価されるのです。
台湾の入社1年目の離職率は40%を超える
この高い流動性を後押ししているのが、台湾経済の「超売り手市場」化です。
行政院主計総処の統計によれば、2023年12月の失業率は3.33%まで低下し、過去23年間で最低水準を記録しました 。

失業率の低下は、労働者にとっての「失業リスク」を劇的に下げます。
「今の会社を辞めても、すぐに次が見つかる」という雇用の安全性が確保されているため、待遇や環境に不満があれば、我慢して留まるよりも転職を選ぶハードルが極端に低くなるのです。
また、求人数も高止まりしており、2024年1月時点でオンライン求人数は11ヶ月連続で100万件を超えています。
このような環境下では、企業は「選ぶ側」から「選ばれる側」へと立場が逆転しており、新卒・中途を問わず、より良い条件を提示する企業へと人材が流出する構造が常態化しています。
2.台湾人の転職が多い7つの理由

台湾人の高い離職率は、単に「飽きっぽい性格」だからではありません。
そこには、転職を合理的かつ容易にする社会制度や企業構造(プッシュ要因)と、文化的な価値観(プル要因)が複合的に関与しています。ここではその主要な7つの理由を解説します。
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転職理由の背景には、台湾人ならではの価値観や気質が深く関わっています。まずはこちらの記事を読んで彼らの基本的な性格や特徴を理解することで、なぜキャリアアップを重視するのか、その根本的な理由がより明確に見えてくるはずです。
1. 台湾には新卒採用という概念がない
日本独自の慣習である「4月一斉入社」や「新卒一括採用」は、台湾には存在しません 。
台湾では、男性の兵役義務や高い大学院進学率により、社会に出るタイミングが個人によって異なります。
そのため、企業は「新卒枠」としてポテンシャル採用を行うのではなく、欠員が出たタイミングで「補充」として募集をかけるのが一般的です。
この結果、新卒であっても即戦力に近い能力が求められると同時に、最初の就職は、実務スキルを磨き、自身の市場価値を測定する「キャリア形成の起点」として捉えられます。
実際に働いてみて合わなければ、すぐに次を探すという行動が、キャリアの初期段階から組み込まれているのです。
2. 定期昇給の制度がない企業が多い
給与体系の違いも大きな要因です。日本の多くの企業では、勤続年数に応じて基本給が上がる定期昇給制度がありますが、台湾企業では一般的ではありません。
台湾企業において、同一企業内での昇給幅は限定的であることが多く、給与を上げるための最も効率的な手段は「転職」です。
中途採用市場では「何ができるか(スキル)」が厳密に評価され、経験者は高値で取引されます。
そのため、新卒で入社した会社で2〜3年実務経験を積み、自分の市場価値を高めた上で、より高いオファーを提示する他社へ「ステップアップ転職」を行うことが、経済合理性に適った選択となるのです。
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台湾人が転職を検討する最大の動機は「給与アップ」です。こちらの記事を読んで現地の最新の平均月収や業種別の給与相場を把握しておくことで、彼らがどのような基準で自社の待遇を評価しているのか、より客観的に理解できるようになります。
3. 退職金制度が転職に有利な設計になっている
2005年に施行された「労働退休金条例(新制)」により導入された「拠出型退職金制度(ポータブル年金)」は、人材の流動化を決定づけました 。
この制度では、雇用主は毎月給与の6%以上を従業員個人の「退職金専用口座」に積み立てることが義務付けられています。重要なのは、この積立金が転職してもリセットされず、持ち運べる(ポータブルである)という点です。
転職しても積立金が維持される「個人口座型の確定拠出年金」に近い設計になっています。
日本の従来の退職金制度のように、長く勤めるほど支給率が上がる「累進型」ではないため、早期退職しても退職金が減額されるなどの経済的損失(ペナルティ)が発生しません。
つまり、「退職金のために今の会社に留まる」というインセンティブが制度上働かない仕組みになっているのです。
4. プライベートと家族の時間を最優先する文化
台湾人は「仕事」よりも「家族」や「個人の生活」を明確に優先する傾向があります。
家族との時間を犠牲にするような残業が常態化している職場や、有給休暇が取りにくい環境は、たとえ給与が高くても敬遠されます。
また、日本のような業務時間外の会食を前提とした、日本特有のインフォーマルなコミュニケーション文化は少なく、業務時間外は完全にプライベートな時間として区別されます。
このワークライフバランスへの感度は非常に高く、生活の質を損なう職場環境であれば、躊躇なく転職を選択します。
5. 職場の人間関係への感度が高い
台湾人はコミュニケーションスタイルが直接的であり、不満があれば上司や人事に明確に伝える傾向があります。
日本的な「空気を読む」「察する」といったハイコンテクストなコミュニケーションは通用しにくく、明確な指示やフィードバックがない場合、「評価されていない」「何をすべきかわからない」と不安を感じ、離職につながります。
また、人間関係の摩擦や、理不尽なマイクロマネジメント(過度な報連相の強要など)に対しても敏感です。改善が見込めないと判断した際の見切りのスピードは速く、日本人のように「石の上にも三年」と我慢することは稀です。
6. 転職活動のハードルが日本より低い
台湾の採用プロセスは、日本と比較して圧倒的にスピーディーかつ簡素であり、これが「気軽に転職活動を始める」ハードルを下げています。
台湾の転職活動の日本との違い
- 面接回数
大手や日系を除き、現地企業の多くは面接1回で合否が決まることが一般的です。 - 履歴書
日本のように詳細な職務経歴書を何枚も書く必要はなく、A4一枚程度のシンプルなレジュメ(履歴書)で済む場合が多く、写真やフォーマットも自由です。 - スピード
応募から内定まで数日〜1週間で決まることも珍しくありません。
現職に留まりながら、有給休暇を使って半日で面接を受け、すぐに次のキャリアを決めることが容易な環境にあります。
7. 転職はキャリアアップの証として評価される
前述の通り、台湾では転職回数が多いことがネガティブに捉えられることは少なく、むしろ「能力の証明」と見なされます。
20代〜30代で3〜4回の転職は「普通」であり、面接官も転職回数そのものをマイナス評価することは少ない傾向にあります。
特に若年層においては、「自己成長の実感が持てない」ことが離職の大きな動機となります。
新しいことに挑戦したい、スキルを身につけたいという意欲が高く、同じ場所に留まることこそがリスク(停滞)と捉えられる文化があります。
3.台湾人が日本で働くことを選ぶ理由

これほど流動的な台湾人材が、なぜ日本企業、あるいは日本での就業を選ぶのでしょうか。
日本文化や日本語への親しみがある
台湾は世界有数の親日国であり、日本のコンテンツや文化に慣れ親しんでいる人材が豊富です。日本語学習者も多く、言語面でのハードルが比較的低いことは大きな要因です。
また、日本企業特有の「丁寧さ」や「チームワーク」といった組織文化に対して、ポジティブな関心を持っている層も一定数存在します。
キャリア形成や経験を重視する傾向
近年の傾向として、給与だけでなく「経験・キャリアの幅」を求めて日本企業を選ぶケースが増えています。
デジプロの調査によれば、台湾の20〜30代の約60%がリスキリング(再教育)に取り組んでおり、自らの市場価値を高める学習に積極的です。

日本企業で働くことで、高度な技術や日本流の品質管理、ビジネススキルを習得し、それを将来的なキャリアアップ(台湾帰国後の高待遇など)に繋げたいという意欲を持っています。
参考:PR TIMES デジプロ、台湾の20代~30代男女の転職実態調査を実施
4.日本企業が台湾人を採用するメリット

高い流動性というリスクを考慮してもなお、日本企業が台湾人を採用するメリットは大きく存在します。
親日的で日本の企業文化に馴染みやすい
台湾と日本は歴史的・文化的な結びつきが強く、他の外国人に比べて日本の商習慣や企業文化への適応が早い傾向にあります。
勤勉で責任感が強く、直接的な物言いをしつつも協調性を重んじる国民性は、日本組織との親和性が高いと言えます。
中華圏ビジネスへの橋渡し役として活躍できる
グローバル経済の再編の中で、中華圏市場への展開は依然として重要です。台湾人は中国語(繁体字)のネイティブでありながら、英語や日本語を操るトライリンガル人材も多く存在します。
彼らは単なる通訳ではなく、中華圏のビジネス慣習や文化背景を理解した上で、日本企業と現地市場をつなぐ重要な「ブリッジ人材」として機能します。
学習意欲が高く短期間で戦力化できる
前述の通り、台湾の若手人材は成長意欲が高く、新しい技術や業務知識の習得に貪欲です。
即戦力を求める傾向が強い台湾市場で揉まれているため、OJTや研修を通じて「自分に何が求められているか」を素早く把握し、短期間で戦力化することが期待できます。
5.台湾人の採用で注意すべきポイント

採用活動を成功させるためには、彼らの特性を理解した上でアプローチする必要があります。
転職回数の多さは文化の違いと理解する
履歴書の転職回数だけで書類選考を落とすのは、優秀な人材を逃すことにつながります。回数そのものよりも、各在籍期間で習得したスキルの「一貫性」と「再現性」を評価の軸に据えます。
面接では「なぜ辞めたか」だけでなく、「その転職で何を得たか」「どのようなスキルを身につけたか」に焦点を当てて質問し、キャリアの一貫性や成長意欲を確認することが重要です。
短期離職の繰り返しであっても、そこに明確な意図と成果があれば、台湾市場では「優秀な人材」である可能性が高いのです。
時間やルールへの感覚の違いを認識する
日系企業で働く台湾人が離職する原因の一つに、日本的な「報連相」文化との摩擦があります。 台湾人は結果を重視し、個人の裁量で業務を進めることを好みます。
一方、日本企業はプロセスや細かな進捗報告を求めるため、これが「マイクロマネジメント(過干渉)」と受け取られ、大きなストレス要因となります。
細かいルールや形式よりも、成果や効率を重視する彼らのスタイルを理解し、柔軟に対応することが求められます。
円安や台湾国内の給与上昇を踏まえた条件設計
かつてのような「日本=高給」という図式は崩れつつあります。特に電子・半導体業界などでは、台湾国内の給与水準が上昇しており、日本企業が見劣りするケースも出てきています。
採用においては、台湾市場の給与相場(マーケットプライス)を常にモニタリングし、競合他社に負けない給与パッケージを提示する必要があります。
もし給与面での競争が難しい場合は、福利厚生、学習機会、キャリアパスといった「金銭以外の価値(EVP)」を明確に打ち出すことが不可欠です。
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台湾人材が日本での就業を希望する場合、適切な在留資格(ビザ)の取得が必須です。こちらの記事では不法就労などのリスクを避け、スムーズに受け入れを進めるために、企業が知っておくべきビザ申請の基本知識を網羅しました。
6.台湾人材の定着率を高めるための施策

採用した人材に長く活躍してもらうためには、入社後のリテンション(定着)戦略が鍵を握ります。台湾人材に効果的な施策を紹介します。
成果に応じた評価制度と昇給機会を設ける
台湾人は「自分の市場価値」に敏感です。成果に応じたボーナスやインセンティブを明確化し、実力主義の志向に応える制度設計が必要です。
年功序列的な一律の昇給ではなく、パフォーマンスに応じたメリハリのある報酬体系を提示することで、「この会社で頑張れば報われる」という納得感を醸成できます。
ワークライフバランスを尊重した働き方を提供する
不必要な残業の削減や、有給休暇の取得推奨など、ワークライフバランスを尊重する姿勢を制度として保証することが重要です。
「家族との時間を大切にしたい」という彼らの価値観を尊重し、柔軟な働き方を提供することは、離職防止の強力な武器となります。
良好な職場の人間関係を構築する
入社直後の「3ヶ月の壁」を乗り越えるためのオンボーディング(受け入れ施策)が重要です。 新人が組織に馴染むためのメンター制度の導入や、明確な業務目標の設定が不可欠です。
また、定期的な「従業員満足度調査」を実施し、不満の芽を早期に摘むことも効果的です。
やりがいと成長機会を明確に伝える
「この会社で成長できる」という実感を持たせることが、離職を防止し、定着を促す上で極めて有効な施策となります。
単なるOJTだけでなく、外部研修への参加機会やオンライン学習の提供など、スキルアップの機会を具体的に提供しましょう。
また、企業としての魅力(雇用主ブランディング)を高めることは、採用日数を約1週間短縮し、定着率を高める効果があることが実証されています。
7.台湾人の転職文化を理解し採用を成功させよう
台湾人の転職が多いのは「忍耐不足」ではなく、より良い環境を求める「成長意欲」と合理的な判断の結果です。
この文化的背景を理解し、成果に見合った評価制度や柔軟な働き方を整備すれば、優秀な人材の定着は十分に可能です。
大切なのは「日本流」の押し付けではなく、彼らの価値観に寄り添ったマネジメントへの転換です。この歩み寄りこそが、日系企業のグローバル化と組織成長を加速させる確かな一歩となるでしょう。