令和7年6月末の在留外国人数は、395万人を突破し、外国人材は企業の基幹戦力となりつつあります。(※出入国在留管理庁調べ)
しかし現場では「社会保険は義務なのか」「加入拒否にはどう対応すべきか」といった悩みが尽きません。
正しい手続きを怠ると、企業の追徴金リスクだけでなく、外国人本人のビザ更新にも重大な影響を及ぼします。
本記事では、加入義務や手続きの基礎知識はもちろん、実務で差がつく「脱退一時金の計算(5年延長対応)」や、見落としがちな「帰国後の税金還付」といった出口戦略まで、2025年の最新情報を網羅して解説を行います。
採用から退職・帰国までの実務を「点」ではなく「線」で理解し、コンプライアンス遵守と信頼関係の構築を実現するための実務ガイドとしてご活用ください。
1.【原則】外国人労働者も社会保険加入は「義務」です

結論から言えば日本国内で就労する外国人労働者に対する社会保険(健康保険・厚生年金保険)および労働保険(労災保険・雇用保険)の適用は、国籍を問わず、日本人と同様に義務です。
「外国籍だから入らなくていい」「本人が希望しないから加入させない」という選択肢は、法的に存在しません。
まずはこの原則を正しく理解し、社内の認識を統一することがスタートラインとなります。
結論:国籍を問わず、要件を満たせば強制加入
日本の労働法制には「属地主義」が採用されています。
これは、企業(事業所)が日本国内にある限り、そこで働く労働者がどこの国籍であろうと、日本の法律が適用されるという考え方です。
したがって、適用事業所(法人であれば原則すべて)で雇用され、所定の労働時間・日数の要件を満たす従業員であれば、日本人であれ外国人であれ、強制的に被保険者となります。
これは、アルバイトやパートタイムであっても、要件(週20時間以上など、企業の規模や条件による)を満たせば同様です。
法的根拠:内外人平等の原則と強制適用事業所の定義
この取扱いの根拠となるのが、労働基準法第3条に定められた「均等待遇(国籍による差別の禁止)」の原則です。
また、社会保険各法においても、国籍を理由とした適用除外規定は設けられていません。
労働基準法第三条 均等待遇
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
企業担当者が特に注意すべきは、以下の誤解です。
- × 誤解:「本人が短期滞在だから入らなくていい」
- × 誤解:「本国の保険に入っているから日本の保険は不要」
一部の「社会保障協定」締結国を除き(後述します)、これらの理屈は通用しません。
法人の事業所、または常時5人以上の従業員を使用する個人事業所(一部業種を除く)は「強制適用事業所」であり、そこで働く常時雇用者は、例外なく加入手続きが必要です。
未加入のリスク
もし、手続きを怠った場合、どのようなリスクがあるのでしょうか。
企業側への追徴金や罰則はもちろんですが、ここでは「外国人本人にとっての致命的なリスク」を強調しておきます。
これは、加入を渋る従業員を説得する際に最も効果的な材料となります。
企業側のリスク
追徴金と社会的信用の失墜
- 最大で過去2年間に遡って保険料を徴収されます。
- 労働基準監督署や年金事務所の調査対象となり、悪質な場合は懲役や罰金などの刑事罰が科される可能性があります。
本人側のリスク
留資格(ビザ)更新の不許可
- ここが最も重要です。現在、出入国在留管理庁は、ビザの更新や変更の審査において、公的義務の履行状況(税金や社会保険料の納付状況)を厳格に確認しています。
- 未納や滞納がある場合、在留期間の更新が許可されない(=日本で働けなくなる)リスクが極めて高くなります。
企業担当者は、「会社のため」ではなく「従業員本人のビザ(在留資格)を守るため」という文脈で、社会保険加入の必要性を説明することが推奨されます。
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社会保険の未納はビザ更新時の「不許可」に直結する重大なリスクです。更新手続きの全体像や、審査で重視されるポイント、不許可にならないための対策について、こちらの記事で詳しく解説しています。
2.加入が必要な4つの保険と適用ルール一覧

「社会保険」とひと口に言っても、狭義の社会保険(健康・年金)と労働保険(労災・雇用)に分かれ、それぞれ適用要件が異なります。
特に留学生アルバイトなどを雇用する場合は、この区別が非常に重要になります。
表組みでの整理:労災・雇用・健康・厚生年金の対象者など
まずは、4つの保険の全体像を整理しましょう。
外国人材の社会保険適用一覧
| 保険の種類 | 適用対象者(外国人) | 保険料負担 | 主な給付・役割 |
|---|---|---|---|
| 労災保険 | 全員 (不法就労者含む) |
全額事業主 | 業務中・通勤中のケガや病気の治療費、休業補償など |
| 雇用保険 | 週20時間以上勤務かつ 31日以上の雇用見込みがある者 ※留学生は原則除外 |
事業主と本人で折半 (事業主がやや多い) |
失業時の給付、育児休業給付など |
| 健康保険 | 常時雇用される者 (週の労働時間が正社員の3/4以上など) |
事業主と本人で折半 | 業務外の病気・ケガの治療費(3割負担)、出産手当金など |
| 厚生年金 | 健康保険と同様 | 事業主と本人で折半 | 老齢年金、障害年金、遺族年金、脱退一時金 |
重要なポイント
労災保険は「全員」です。たとえ数時間のアルバイトであっても、さらには不法就労状態であったとしても、業務上の災害であれば人権保護の観点から給付対象となります。
雇用保険の留学生特例
昼間学生(留学生)は、学業が本分であるため原則として雇用保険の適用除外です。ただし、卒業後に就職活動で滞在する場合などは扱いが変わるため注意が必要です。
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留学生アルバイトの社会保険や雇用保険の適用ルールは、労働時間や在留資格の状況によって細かく異なります。留学生を雇用する際に企業が知っておくべき健康保険の扱いについて、こちらの記事ではさらに詳しく解説しています。
ケーススタディ(ナラティブ解説)
要件定義だけではイメージしにくいため、よくある2つのパターンで比較してみましょう。
働き方による社会保険適用の違い
留学生アルバイト vs 特定技能正社員Case A:リンさん
ベトナム国籍 / 在留資格「留学」-
○
労災保険 加入必須(事業主負担)
-
×
雇用保険 適用外(昼間学生のため免除)
-
×
社会保険(健保・年金) 適用外(労働時間要件および学生特例により適用外)
Case B:カルロスさん
ブラジル国籍 / 在留資格「特定技能1号」-
○
労災保険 加入(事業主負担)
-
○
雇用保険 加入(事業主・本人折半※)
-
○
社会保険(健保・年金) 加入(事業主・本人折半)
手続きの落とし穴:マイナンバー未取得(未提出)の場合の「ローマ字氏名届」
外国人の入社手続きにおいて、多くの担当者がつまずくのが「氏名の表記」と「マイナンバー」の問題です。
日本人の場合、資格取得届にマイナンバーを記載すればスムーズですが、外国人の場合、入国直後でマイナンバーカードが手元になかったり、在留カードの氏名(アルファベット)と社内管理(カタカナ)が一致しなかったりします。
日本年金機構は、外国人の年金記録を管理するために「ローマ字氏名」の登録を必須としています。
実務フロー:ローマ字氏名届の提出
個人番号(マイナンバー)が未取得の状態で資格取得届を提出する場合の手順資格取得届の作成
外国籍従業員のマイナンバーが不明な場合、基礎年金番号を記載するか、あるいは「マイナンバーなし」として処理を進めます。
「ローマ字氏名届」の準備
マイナンバーを記載せずに資格取得届を提出する場合、別途「厚生年金保険 被保険者ローマ字氏名届」の提出が必須となります。
正確なアルファベット記入
届出書に記入するアルファベット氏は、公的書類の表記と完全に一致させる必要があります。
添付書類の用意
本人確認と氏名確認のため、以下のいずれかのコピーを添付します。
この手続きを怠ると、将来その外国人が帰国して「脱退一時金」を請求する際に、記録が見つからないというトラブルの原因となります。
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社会保険の手続き以外にも、外国人社員の入社時に必要な書類や手続きは多岐にわたります。抜け漏れを防ぐために、入社前から入社後までに必要な書類をリスト形式で網羅したこちらの記事をご活用ください。
3.現場のFAQ「こんな時どうする?」

法律上の義務は明確でも、現場では「手取りが減る」といった理由で加入を拒まれるケースが後を絶ちません。
しかし、放置すればビザ更新不可などの重大なリスクを招きます。
本章では、加入を渋る従業員への効果的な説得フレーズや、二重払いを防ぐ「社会保障協定」の活用法など、現場で直面する課題への具体的な解決策を解説します。
加入拒否への対応:「手取りが減る」と言われた時のキラーフレーズ
「毎月数万円も引かれるのは嫌だ」という抵抗にあった時、どう説得すればよいでしょうか。
効果的なのは、「加入しないことのデメリット」と「加入することのメリット」を具体的に伝えることです。

ビザ更新リスクを説く(決定的な説得材料)
「入国管理局はビザの更新時に、社会保険を払っているかを厳しくチェックしています。未納があると、次のビザが降りず、帰国しなければならなくなるリスクが高いです」

医療費の具体例を出す
「日本の医療費は高額ですが、保険があれば3割負担で済みます。『高額療養費制度』も使えます」

掛け捨てではないことを伝える
「払ったお金の一部は、帰国時に『脱退一時金』として戻ってきます」
二重払いの回避:社会保障協定
外国から駐在員を受け入れる場合など、「母国でも年金を払っているのに、日本でも払うのは二重払いだ」という問題が発生します。
これを解決するのが「社会保障協定」です。
社会保障協定の2つの機能
- 二重加入の防止
協定締結国から派遣された場合、本国の制度に加入していれば、日本の社会保険が免除されます。 - 年金加入期間の通算
日本と本国の年金加入期間を足し合わせて、受給資格判定を行うことができます。
主な協定相手国と内容の違い
- アメリカ、ドイツ、フィリピン、ベトナムなど
「保険料の二重負担防止」と「年金加入期間の通算」の両方が可能です。 - イギリス、韓国(一部)など
国によっては「二重負担防止」のみの場合もあります。
日本の社会保険を免除とする場合、本国の実施機関から「適用証明書」を取得し、日本の年金事務所へ提出する必要があります。
4.【出口戦略】脱退一時金と税金還付の完全マニュアル

外国人従業員が退職・帰国する際、最後に提供できる価値が「脱退一時金」と「税金還付」のサポートです。
制度概要:掛け捨て防止のセーフティネット
脱退一時金とは、日本国籍を持たない人が、厚生年金等に6ヶ月以上加入した後、受給資格期間(10年)を満たさずに帰国した場合、請求により保険料の一部が払い戻される制度です。
主な受給要件
- 日本国籍を有していないこと
- 保険料納付済期間が6ヶ月以上あること
- 日本に住所を有していないこと(転出届提出済み)
- 出国後2年以内に請求すること
重要変更点:支給上限が3年から5年に延長
ここで必ず押さえておくべき最新情報は、2021年の法改正です。
従来、計算対象となる期間の上限は「36月(3年)」でしたが、これが「60月(5年)」へ引き上げられました。
これにより、特定技能1号などで5年間働いた外国人は、5年分まるごとの保険料実績に基づいた一時金を受け取ることができます。
参考:日本年金機構 年金Q&A
計算シミュレーション
厚生年金の脱退一時金の計算式は以下の通りです。
「(平均的な月収)×(支給率の係数)=(支給される金額)」
※上記は概算であり、実際の支給額は最終月が属する年度の保険料率等により変動します。正確な金額は日本年金機構への照会が必要です。
支給率は被保険者期間によって変動します。2021年の改正以降、期間が長いほど係数は大きくなります。
厚生年金保険 脱退一時金の支給率(係数)一覧
※最終月が2017年10月以降の場合(現在の固定レート)
| 被保険者期間の区分 | 支給率の計算に用いる数(係数) |
| 6ヶ月以上 12ヶ月未満 | 0.5 |
| 12ヶ月以上 18ヶ月未満 | 1.1 |
| 18ヶ月以上 24ヶ月未満 | 1.6 |
| 24ヶ月以上 30ヶ月未満 | 2.2 |
| 30ヶ月以上 36ヶ月未満 | 2.7 |
| 36ヶ月以上 42ヶ月未満 | 3.3 |
| 42ヶ月以上 48ヶ月未満 | 3.8 |
| 48ヶ月以上 54ヶ月未満 | 4.4 |
| 54ヶ月以上 60ヶ月未満 | 4.9 |
| 60ヶ月以上 | 5.5 |
【モデルケース】
平均月収25万円の従業員が、5年間(60ヶ月)勤務して帰国した場合
「25万円(平均的な月収)× 5.5(支給率の係数)= 137万5,000円(支給される金額)」
※これは概算であり、実際は最終月の属する年の保険料率等により微調整されます。
隠れた重要タスク「税金の還付」
上記の支給額(例:137.5万円)からは、20.42%の所得税等(源泉徴収)が引かれます。
例の場合、約28万円が引かれますが、この税金は確定申告を行えば還付を受けることが可能です。
これを適切に案内することは、企業のリスク管理体制と誠実さを示す重要な要素となります。
20.42%を取り戻す手順
脱退一時金の所得税還付手続きフロー納税管理人の選任・届出 出国前
日本に住む知人や税理士等を「納税管理人」に選任し、管轄の税務署へ届出を行います。これにより、帰国後も代理で税務手続きが可能になります。
通知書の郵送 帰国後
日本年金機構から本国へ届く「脱退一時金送金通知書」の原本を、日本の納税管理人に国際郵便等で送付します。
還付申告・受取 手続完了
通知書を受け取った納税管理人が代理で確定申告(還付申告)を行います。手続き完了後、源泉徴収されていた20.42%分の税金が還付されます。
この「納税管理人の選定」を出国前にアドバイスできるかどうかが重要です。
5.【保存版】抜け漏れゼロへ!入社・退職時の実務チェックリスト

最後に、担当者が行うべきタスクを整理しました。
外国人材雇用 社会保険実務チェックリスト
入社から帰国まで、漏れのない手続き管理を入社時:加入手続きフェーズ
労働時間や学生区分に基づき、4つの保険(労災・雇用・健保・年金)の適用有無を確認します。
ない場合は「ローマ字氏名届」と「在留カード写し」を準備し、マイナンバーなしで届出を行います。
出身国との協定を確認し、二重払い防止や年金通算の意向を確認します。
未加入によるビザ更新リスクや、帰国時の脱退一時金について説明し、同意を得ます。
退職・帰国時:出口戦略フェーズ
日本人従業員と同様に、通常通り資格喪失の手続きを行います。
脱退一時金の請求要件(日本国内に住所を有しないこと)を満たすため、市区町村へ提出必須です。
本人が帰国後に脱退一時金を請求する際に必要となるため、確実に本人へ返却します。
脱退一時金の所得税(20.42%)還付を受ける場合は、帰国前に選任届を税務署へ提出します。
6.企業のコンプライアンス体制確立へ
外国人労働者の社会保険適用は法的義務であり、彼らが日本で安心して働くための基盤です。
2021年の法改正による脱退一時金の上限延長(5年)など、長期就労を後押しする環境も整いつつあります。
複雑な制度ですが、適切に運用し、帰国時の税還付までサポートすることで、貴社は「外国人を大切にする信頼できる企業」としての評価を高めることができるでしょう。